名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)528号 判決
一 原告が本件登録意匠の意匠権者であること、本件登録意匠に係る物品が蒸し器であり、願書に添付された意匠を記載した図面の内容が別添の本件意匠公報(甲一号証)のとおりであること、被告江尻が昭和五五年一二月二五日までイ号物件を製造販売していたこと、イ号意匠を図面によりあらわすと別紙イ号意匠図面のとおりであること、被告三郷が現在業としてロ号物件を製造販売していること、ロ号意匠を図面によりあらわすと別紙ロ号意匠図面のとおりとなることはいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、本件登録意匠とイ号およびロ号意匠が類似するか否かについて検討する。
1 本件登録意匠に係る物品が蒸し器であり、本件登録意匠が蓋(摘みを含む)、持ち手、鍋本体、さなの四つの部材から構成されていることは当事者間に争いがなく、成立につき争いのない甲一号証(本件意匠公報)によれば、右四つの基本的部材の形状もしくは模様は次のとおりであると認めることができる。
(一) 鍋本体
(1) 直径を高さのほぼ一・三倍とした円函状の開口部を段状に広げ、
(2) 底部から上方へ高さのほぼ四分の一の位置に段部を設け、
(3) その下方部の直径を僅かに細くしている。
(二) 持ち手
(1) 鍋本体の開口部のやや下側の左右側部に設けられ、
(2) その平面形状は台形状であり、その板体の平面中央部には外周に沿つて四角形状の孔が比較的大きく穿たれ
(3) また、その側面形状は基部から持ち手上端部に向けてやや急に斜め上方に立ち上がり、
(4) 持ち手上端部は偏平でない。
(三) 蓋
(1) 円板の外縁を下方へ弧状に折り曲げ、
(2) その周側部口縁寄りに細幅の縁を蒸し器本体に嵌合するよう突出して設け、
(3) 上面を同心円の二段上として僅かに上方に脹り出し
(4) 摘みは
(イ) 逆円錘台状の上縁部を弧状とし、
(ロ) 上面部を凹面状とし、
(ハ) 蓋の中心部に蓋と一体に形成し、
(5) 全体を透明とし、蓋の周縁部を鍋本体の開口部内に嵌合載置している。
(四) さな
(1) 円板の中央部に多数の小円孔をほぼ六角形状に散点して表わしている。
(2) 鍋本体内の段部にこれを載置している。
2 イ号意匠に係る物品が蒸し器であり、イ号意匠が蓋(摘みを含む)、持ち手、鍋本体、さなの四つの部材から構成されていることは原告と被告江尻との間においては争いがなく、右当事者間においてイ号意匠を図面であらわしたことに争いのない別紙イ号意匠図面によると、右四つの基本的部材の形状もしくは模様は次のとおりであると認めることができる。
(一) 鍋本体
(1) 直径を高さのほぼ一・五倍とした円函状の開口部を弧状に広げ
(2) 底部から上方へ高さのほぼ三分の一の位置に段部を設け、
(3) その下方部の直径を僅かに細くしている。
(二) 持ち手
(1) 鍋本体の開口部のやや下側の左右側部に設けられ、
(2) その平面形状は長方形であり、その板体の平面中央部には外周に沿つて比較的狭い四角形状の孔が穿たれ、
(3) また、その側面形状は基部を鍋本体からほぼ水平にのばし、基部の幅員の約一.五倍の幅の持ち手上方部分を鉤状に屈曲して上方へ立ち上げ、
(4) 持ち手の上端部は偏平であつてやや斜め上方を向いている。
(三) 蓋
(1) 全体を円弧状に脹り出し、周縁を蓋本体と異なる不透明な物質で被冠し、
(2) 摘みは
(イ) 上半部を円錘台状とし、
(ロ) 下半部を上半部より狭い末広がりの円筒状とし、
(ハ) 下端部に円板状の座板を介して蓋の中心部に設け、
(3) 蓋本体のみを透明とし、蓋の周縁部を鍋本体の開口部内に載置している。
(四) さな
(1) 円板の中央部に多数の小円孔をほぼ円形状に散点して表わしている。
(2) 鍋本体内の段部にこれを載置している。
3 ロ号意匠に係る物品が蒸し器であり、ロ号意匠が蓋(摘みを含む)、持ち手、鍋本体、さなの四つの部材から構成されていることは原告と被告三郷との間においては争いがなく、右当事者間においてロ号意匠を図面であらわしたことに争いのない別紙ロ号意匠図面によると、右四つの基本的部材の形状もしくは模様は次のとおりであると認めることができる。
(一) 鍋本体
(1) 直径を高さのほぼ一・五倍とした円函状の開口部を弧状に広げ、
(2) 底部から上方への高さのほぼ三分の一の位置に段部を設け、
(3) その下方部の直径を僅かに細くしている。
(二) 持ち手
(1) 鍋本体の開口部のやや下側の左右側部に設けられ、
(2) その平面形状は台形状であり、その板体の平面内側部よりに外周に沿つて比較的狭い四角形状の孔が穿たれ、
(3) また、その側面形状は基部が鍋本体から水平にのび、持ち手上半部分のみが基部に対してかなり急角度で上方に立ち上がり、
(4) 持ち手の上端部は偏平である。
(三) 蓋
(1) 全体を円弧状に脹り出し
(2) 摘みは
(イ) 上半部を若干先ぼそりした円筒状とし
(ロ)下半部を上半部より狭い末広がりの円筒状とし、
(ハ) 下端部に円板状の座板を介して蓋の中心部に設け、
(3) 蓋本体のみ透明とし、蓋の周縁部を鍋本体の開口部内に載置している。
(四) さな
(1) 周板の中央部に多数の小円孔を円形状に散点して表わしている。
(2) 鍋本体内の段部にこれを載置している。
4 そこで、右事実に基づき、本件登録意匠とイ号およびロ号意匠を比較すると、本件登録意匠とイ号意匠、本件登録意匠とロ号意匠は、ともに
(一) 鍋本体においては
(1) 鍋本体を円函状として底部寄りに段部を設け、
(2) その下方部の直径を僅かに細くしたこと
(二) 持ち手においては
(1) 鍋本体の開口部のやや下方に持ち手を左右対称に設け
(2) 四角形板の中央部もしくはやや内側部よりに孔を穿ち
(3) 取付基部から上端部へ持ち手を屈曲して立ち上げたこと
(三) 蓋においては
(1) 円板を上方へ僅かに脹り出し、中心部に摘みをつけ、
(2) 蓋本体を透明として蓋の周縁部を鍋本体の開口部内に載置したこと
(四) さなにおいては
(1) 円板の中央部に多数の小孔を散点し、
(2) 鍋本体内の段部に載置したこと
において、いずれも形状が一致しているということができる。
ところで、成立に争いのない甲三ないし四四号証(いずれも本件登録意匠出願前に出願された蒸し器もしくは両手鍋に係る意匠公報)、乙一ないし八号証(本件登録意匠出願前に当業者または一般消費者用に作成されたパンフレツト)、乙九号証(実用新案公報・実公昭三〇―七五六八)丙一ないし四号証(いずれも本件登録意匠出願前に作成された鍋等に係るパンフレツト類)、丙五号証(暮しの手帖一九七五年一、二月号)、丙六ないし八号証(家庭日用品商号名鑑一九六六年、一九七一年、一九七四年版)、丙九、一〇号証(日本金物年鑑一九六八年、一九七三年版)、丙一一ないし一四号証(いずれも本件意匠登録出願前に作成された鍋等に係るパンフレツト類)ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、本来蒸し器と称せられるものは、いずれも鍋本体、持ち手、蓋、さなという四つの基本的部材から成り立つており、前記本件登録意匠とイ号・ロ号意匠の形状の一致点として摘示した箇所はいずれも蒸し器なる物品においては典型的もしくは基本的な形状であり、本件登録意匠出願前に既に公知もしくは周知になつていたと認めることができるから、本件登録意匠とイ号・ロ号意匠との間において右一致点が存するからといつて、右両意匠が類似の関係にあるということはできない。
したがつて、本件意匠の要部はすでに公知とされる右基本的形状そのものにあるのではなく、これを前提とした細部の部分形状、材質等の組み合わせにあるものと解すべきところ、前記1ないし3で認定したとおり、本件登録意匠とイ号意匠、本件登録意匠とロ号意匠との間には、ともに
(一) 鍋本体においては
鍋本体の直径と高さの比率、鍋本体に設けられた段部の位置
(二) 持ち手においては
持ち手の平面形状(ただし、本件登録意匠とロ号意匠との間ではこの形状は類似している。)および側面形状透孔の幅の広さ、持ち手上端部の形状
(三) 蓋においては
円板の脹らみ、周縁部の鍋本体との載置、係合状態、円板の上面形状、摘みの各形状、摘みと蓋との形成方法摘みの透明性の有無
において相違していることが明らかなところ、公知の基本形状と右各相違点を組み合わせこれを総合的に観察した場合、本件意匠は重厚性、機能性を重視した印象を与え、これが本件登録意匠に従来の公知意匠に見られなかつた独特の審美感を与えていると認めるのが相当であり、かかる形状にこそ看者の注意を最も惹く点が存し、これが本件登録意匠の要部であると認められる。他面イ号・ロ号意匠は本件意匠と対比した場合より単純化、明快化し、軽快性、幻想性を重視した印象を与え、前記一致点および相違点を総合し、これを全体的に観察すれば両意匠は相互に類似していないと認めるのが相当である。
原告は、蒸し器といわれる物品においては、「器体の底面部に近い下側部周面に段部を形成し、この段部のある器体内側に目皿板(さな)を載置するようにし、また持ち手を器体の左右上側部に設け、摘み付きの蓋が器体に被るようにされた形態」が周知であり、それ故本件登録意匠の要部は「<1>全体周面が垂直状に成り、器体の底面部寄りの下側部の器体の約三分の一の位置に下側から上側方にやや膨出した段部を形成するとともに、器体の上側部上縁部分に上広状の開口部を形成していること、<2>器体の開口部のやや下側の左右側部に基部から比較的急勾配に立ち上つた透孔のある幅広の持ち手を設けていること、<3>普通の高さに成る透明体の蓋が器体に被ること」に存すると主張し、成立に争いのない甲四八号証(牛木理一作成の鑑定書)にもその旨の記載がある。
確かに原告が提出した前掲甲一ないし四四号証(両手鍋もしくは蒸し器に関する公報)だけを資料として本件登録意匠の要部を認定すれば、原告の右主張ならびに右鑑定書の意見も首肯できなくもないが、一般に当該物品の意匠の要部を認定するための資料は当該物品に係る公知の意匠公報に限定されるものではなく、該意匠が出願された当時までに公知もしくは周知となつた当該物品の意匠のすべてを資料とすべきところ、原告主張の全体周面の垂直性、段部形成、上広状の開口部形成、持ち手の場所、形状、透明蓋の各点については、いずれも前掲乙一ないし九号証、丙一ないし一四号証によれば本件意匠出願当時には公知もしくは周知となつていたものと認められ、したがつて、かかる観点に立つて、本件登録意匠の要部を認定すれば、前記のとおり、本件登録意匠とイ号・ロ号意匠の相違点として摘示した箇所の形状にあると解するのが相当であり、原告が本件登録意匠の要部と主張する形状はこの種物品の典型的もしくは基本的な形状と解するのが相当であるから、原告の前記主張および前掲甲四八号証記載の意見はともに採用できない。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく失当であるから棄却することとする。